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2人のジョーに、己を貫くPUNKな生き様を想う。。。

浪速のジョーと、CLASHのジョー。二人のジョーが私の心を捕らえて離しません。

辰吉joe.jpg


【ボクシング】辰吉丈一郎がラジャダムナンスタジアムで5年ぶりの復帰戦、KO勝ち

先日5年ぶりの勝利を挙げたのも束の間、辰吉丈一郎に引退勧告。

大阪帝拳会長が近く辰吉と引退説得会談

私の年代以上の方に「辰吉丈一郎」というボクサーを知らない方はいないんじゃないでしょうか。今の亀田と同じかそれ以上に注目を集めていたボクサーで浪速のジョーの愛称で親しまれ、大阪のヤンキー上がりそのままのナリとノーガードで相手をおちょくるように挑発する破天荒なスタイルで、尚且つ半端なく強い、という完璧な漫画の中のキャラクターのようなヒーローでしたね。

その辰吉が38歳になった今もまだボクサーとして現役にこだわり続け、なんと先日5年ぶりの勝利を挙げました!しかし周りからは無理やり引退を迫られています。

日本中が注目したあの辰吉VS薬師寺戦は確か私が中一か中二の頃だったから選手寿命の短いボクサーにしてみたら、こんなに長いスパンで現役であり続けることがどんだけすさまじいことか。。。思い返すだけで驚愕です。

ましてや辰吉は目に網膜はく離を患い、最近ではパンチドランカー症候群の兆候がみられ、ろれつなども上手く回らないそうだ。

ボクサーで38歳といえばとっくに峠を越した年齢。世界ではヘビー級で45歳でチャンピオンになったジョージ。フォアマンがいるが、辰吉の階級であるバンタム級はスピードが何より命。年齢によるスピードや反射神経の衰えは即致命傷に繋がります。

そりゃ家族や周りの人間からしたら失明や命を落とす危険性があって、見返りだって全く保証されていないことを、みすみすやらせるなんてことはできない、と思うのは当然のことなんですよね。。

にもかかわらず、何故当の本人は自分の命を削ってまで現役にこだわり続けるのか。

その想いは辰吉本人にしか絶対に分からないことで、ここであれこれ詮索するのは無意味なことでしかないので止めておきますが。。

ただ、ひとつだけ思うことは、そんなある意味無様で、情け無くて、過去の自らの栄光に泥を塗りかねない、そして今後の自分の生活に支障がでかねない、むしろ命そのものを落としかねない、そんな危険なものに「好き」を貫き続け、チャンピオンに返り咲くことを今でも諦めない、そんな辰吉がどうしようもなくカッコよすぎる、、、と、そう思わずにはいられない、ということなんです。

一番ピークの良いときに辞めて伝説になる。そりゃこれほどかっこいいことはないですよ。だって栄光の時が真空パックされてずっと色鮮やかに残り続けるんですから。何も文句のつけようが無いです。

でも人間って何もかもが綺麗で、何もかもが美しく輝いていてって、そんな良いことばっかりじゃないんですよね。誰しもが凄くかっこ悪い部分、どうしようなく人間くさくて情け無い部分を絶対に持っている。そしてどんなに美しい人でも素晴らしい才能を持っていても必ず老いというものはやってきて醜くなっていく。それが世の中の摂理というやつなんです。

だからそんな姿をさらけ出す前に辞めるというのが一種の美学なわけですよ。日本の国技である相撲なんて、それを力士に完全に強いてますからね。横綱は負けたら終わりだよ、無様な姿は見せちゃいけませんよ、って。。その時にそこにある本人の心の中の葛藤や想いなんて一切関係ない。

でも辰吉はそんな衰え行く姿を全てをさらけ出して、更にはルール上の問題など数々の問題をもろともせず、己の信じる道を追求し続けている。そんなこだわり持ち続ける男の生き様を誰が馬鹿になんてできるのでしょうか。

むしろ私はそんな「リングの上で死ぬなら本望」、というぐらいの鬼気迫る辰吉の姿に私は心の底からエールを送らずにはいられないのです。

辰

99年に世界王者に返り咲いた魂の勝利↓


そして辰吉の生き様について考えるとき、もう一人のジョーについても思考を巡らせずにはいられなくなってしまいます。

joesturmmer.jpg

もう一人のジョーとは、私が尊敬してやまないミュージシャン、ジョー・ストラマーのことです。70年代後半にTHE CLASHというバンドでPUNKムーブメントを巻き起こし音楽史上の伝説となった人物です。

何故辰吉の生き様を考えるとき、ジョーのことを思い出すのかというと、たまたま愛称が一緒だからというのもありますが、ジョーもまた伝説を創り上げた後に、世間から過去の栄光を汚すなといわれるような、揚げ足をとられるような言動を繰り返して、それでも一貫して人間らしく、自分の思うままに己を貫き続けた。そんな姿に辰吉の姿が重なるからなのです。

PUNKって元々70年代後半、ロンドンで労働階級の若者が公然と政府に対して階級制度をぶち壊してやる!という革命の気分が高まっていた時期に、そんな労働者階級の反発心を代弁する、社会的な反骨心の塊のようなメッセージと、テクニックもクソも無い下手だろうがなんだろうがただ怒りをぶちまけたかのような激しい演奏にのせてかき鳴らす歌と音楽、そしてそこに生まれたムーブメントをさす言葉です。

丁度今のように職に就けない若者が溢れかえり、どうにもならない鬱屈感や閉塞感で充満していた頃に、SEX PISTOLSが稲妻のように現れ、国歌と同じ題名の『GOD SAVE THE QUEEN』で「女王様お前に未来は無い!」ってぶちまけたんですから、そりゃ当時の労働階級の若者が熱狂するのも無理は無い。

日本でいったら『君が代』って言う題名で「天皇!お前に未来は無い」って言っているんですから。当時のイギリスの時代背景を考えたらもうすさまじいことなんですこれは。

話しが若干それましたが、ピストルズがあけた風穴に同じような激しく掻き毟るよな音楽で続いたのがジョー率いるCLASHでした。

で、PUNKの先頭を切ったピストルズが2年足らずで解散してしまう。元々パンクとは規程概念をぶち壊すことに意味があり、一度そこに予定調和が生まれてしまうと、それはもう全く持ってパンクではないということと同義になってしまう。だから瞬発力だけで全てのものをぶち壊して去っていったピストルズは今も尚音楽史に燦燦と輝く伝説となったんですね。

こうしてPUNKのムーブメントは終わりを告げ、PUNKバンドはこのまま消えていくかと思われた。しかしジョーが率いるクラッシュは1stアルバムこそ激しい音でパンクの魂をたたきつけたものの、それからアルバムをだすたんびにパンクとは程遠い、レゲエやスカ、民族音楽やJAZZやワルツやダブ、打ち込みからヒップホップまでを取り入れてしまうPUNKの概念とは一見かけ離れた音楽性豊かな音へと豹変を遂げ、PUNKなどとっくに忘れ去られた86年まで活動を続けるのです。

で、そんな軟弱ともとれるような音楽に、世間からは当然こんなのPUNKじゃないとか散々言われちゃうんですよね。

私自身も実は初め後期のクラッシュの音を聴いた時は、愕然としました。全然よくも何とも無いって正直思いました。でもね、歳を重ねるごとに、だんだんと、ジョーとクラッシュの音楽の変遷にこそ本当のかっこよさがあるってわかってくるんですよ。つまり激しい音でノーフューチャー言っていることがパンクだっていうことはパンクをスタイルや固定概念としてでしか捕らえていることに過ぎない。本当のパンクとは変化を恐れず自分に正直に生きること。世間から何を言われようと自分の信じる道を行くこと。これこそがパンクであるって。もっといえばレゲエなんかも元々ジャマイカの奴隷たちのレベルミュージック(反体制音楽)であり根底はPUNKの精神に非常に近いもので、そういった音楽を取り込んでいくことで変化しながらPUNKを姿勢として表現し続けていたんですね。

そういう意味で観ると後期CLASHを聴いたり、その後のジョーのソロ活動を観ていくと自然にジョーの名言「PUNK IS ADITTUDE」の意味が理解できるようになっていくんです。

この人からなんと言われようとも「自分の信念を貫き続ける」というPUNKな姿勢こそが冒頭の辰吉の姿にも繋がる姿勢であり、最高にカッコいい男の生き様そのもので、この2人のジョーがどうにも私の心を捉えて離さないのです。

男とはかくありたいものです。。。

来日公演の映像↓


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