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新しいキャリアのつくりかた!?‐『新しい市場のつくりかた』三宅 秀道

かってブルーハーツが「写真には写らない美しさがある」「劣等生で十分だ」と歌って価値の反転を起こしてくれたような優しさがこの本には、ある。なんじゃそら?と思われるかもしれないけど、自分はこの本読んでてちょっと抱きしめたくなるほどの優しさを感じちゃいました~。

新しい市場のつくりかた新しい市場のつくりかた
(2012/10/12)
三宅 秀道

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本書はその名のとおり、変化の激しい現在、今ある技術をただ上書きしていくのではなく、いかに問題を発明しこれまでにないライフスタイルを提案して市場を作るか?ということについて書かれた一冊です。こうして書くと「えぇ…ガチガチのびじねすぼんじゃんw」と思われるかもしれないけど、本書に関しては良い意味で高尚さが全くなく、様々な余談に寄り道しながら、肩の力の抜けたくだけた文章で書かれたとても好感を持てる一冊です。

で、新商品企画を行う上で「文化開発」「問題発明」「文化振興財団的企業」といった非常に重要な概念が出てくるのですが、その辺の切り口、いわば本書のキモの部分は他のブログなんかに書かれてるだろうし、もっといえば本書を読んだ方が理解が早いと思うので、ぜひ直接あたってもらいたいです。ここではいくつかの引用にとどめることにします。

技術の話の大半というのは、いわば「市場の成長拡大」にまつわる話であって、そうなる前の段階をしっかりと見なければいけません。本当に市場が創造される最初の最初は、生活をこんなふうに変化させたい、という文化の話であり、企業の職分でいうと技術開発ではなく、企画にまつわる話になります。

「文化振興財団的企業」を目指せ
必ずしも資本力や技術力に恵まれていない企業でも、それまでの世の中になかった新しい文化習慣を構想し、提案し、普及させることで、人々がそれまで消費していなかったものを消費するように社会をつくり変え、その変化の先頭に立つことで、文化的優位を構築し、その上に事業を展開するという手法です。

社会を変える大局観
「商品企画」の戦略とは、つまりは新企画で社会を変えるぐらいの行為です。そのことはつまり、いっそ新しい社会をつくる、それだけのビジョンを持っておく、ということです。(略)読者のみなさんの身の回りにあるどんな消費財も、モノであれサービスであれ、そもそもその商品のコンセプトから創造された事前と事後を比較すれば、社会のライフスタイルのありようそのものを変えていることが理解できるはずです。
どうせ社会を変えてしまうのが新企画商品であるならば、どのように社会が変わればより良いのか、ビジョンがないようでは無責任である、それだけの可能性を持った行為が、商品を企画するという行為であると思います。

で、そういうこととは別に、自分が1つだけこの本について言及しておきたいのは、冒頭でも触れたとおり、この本、ムチャクチャ優しい、ってことです!

どういうことかというと、商品開発・サービス開発・事業開発を本当にゼロから起こしていく場合、その役割を担う人は本質的に組織に属していながらアウトサイダーだと思うんです。そのアウトサイダーの立場の人に対して絶対的に受容してくれているようなスタンスが根底にあるんですよ。

今までと同じ環境の中に没入していては新しい問題は見えてこないし、それに対する解決策を構築する際に組み合わせるアイデアも得られない。だから新商品企画に携わる人はアウトサイダー的に、本書でも触れられているように「妙に組織的でないポジション」に居て、多様な現場に足を運び、社内のリソースを最大限に活かしながら従来の固定概念から離れて解決策を組み立てていく必要があるんです。

でも、その「妙に組織的でないポジション」に居るアウトサイダーとは、周囲から非常に見えづらく理解されづらい立場でもあるんですよね。現状の組織の中ではまだまだこの人たちがカポッとハマる受け皿・くぼみがなく、どうも浮ついたマイノリティな存在になりがちだと思うんです。

例えば従来の「仕事をしてる」イメージって、PCに向かってカチャカチャ何か入力してるだとか、ひっきりなしに電話して発注したり指示してるだとか、機械に向かって作業してるだとか、いかにも汗水たらして必死に手足を動かしている誰が見えてもわかる姿をもって仕事してるって認識されがちじゃないですか。

でもアウトサイダー的に新商品企画・開発に携わってる人は、お客さんのところばっかり行って本筋とあんまり関係ない話しをやたらしてるだとか、本屋で長時間ウロウロしてるだとか、一人でボーっと考え事してるだとか、傍から見て「全然仕事してねぇじゃねぇか!」って突っ込まれそうなことばっかりやってるんですよ。あと、突拍子もないこと言い出して「なに言ってんだコイツは!」って怒られたりとか。でも本人は社会のために、会社のために、頭の中で真剣に必死に汗水たらしながら、ときにアナロジカルに、ときにロジカルに、今後を見据えてビジョンとスキームを構築しようとしている…。ムダに見えることでも、本人はムダなことなんて何一つないと真剣に考えて取り組んでいる…。ただ役割上、それが短期的な成果として見えづらいだけなんです…。

※もちろん前者がダメで後者が尊いと言いたいわけでは全くありません。どの仕事にもその役割があり、その役割に真剣に取り組むことはどれも等しく尊いです。

本書で取り上げられる事例で出てくる人は「トップ自身か、トップがその裁量に正当性を認めた担当者」なので、ある程度アウトサイダーとして社内から認識されてる人だと思うんですけど、それ以外のほとんどの企業で実際にこうした立場にいる人は、周囲にあまり理解されないまま、個々の環境の中でひたすら孤独な闘いを強いられているケースが多いんじゃないかと推測します。

そういう孤独なアウトサイダー達にとって「これでいいんだよな!」と鼓舞されるような、自分を全肯定されるような、クサイ言い方すれば勇気や活力がもらえるような一冊ですよ、ほんとに。

誰かが家元をやらなきゃ!
「これから市場での競争に勝つ評価尺度には、新しい別の要因が入ってくるんじゃない?」と技術者たちの問題設定に水を差すことを誰かがしなくてはなりません。そして、その「誰か」は、広く社会を見据えていなければならないのです。

新しい価値を開発するために、社会に目を向け、観察を働かせる、そのとき必要となるのは、どんな観察対象からも何かしらの洞察を汲み取ろうとする姿勢であり、その基盤には「どんな人生にも意味がある」という意識、この感覚ではないかと思うのです。

もっといえば別に新商品企画の担当者だけでなく、以下のような感覚を持ってる人、組織の中で肩身の狭い思いをしている人にとっても救われる1冊なんじゃないかな?

・アイデアをいくら提案しても決定権を持つ目上の人間と絶望的に話しが通じないと感じている人
・「アイデアはいいけどそれにおぼれるな!」とか、よくわかんない怒られ方しがちな人
・花形部署とは程遠い、辺境の部署にいる人
・組織に属しながらも完全にそこに没入できないような感覚を持ってる人
・ひとつのことをひたすら掘り下げていくよりも、分野の壁を越えて全体を捉えることに志向性を持っている人

混沌のもつ可能性
自分と違う考えの人、自分と立場が違う人、自分と違う欲求を持っている人、自分と違う技術や経営資源を持っている人と、他者と他者として真っ向から交流し情報を取ってきてこそ、未整理の混沌の中から良い偶然を必然として発生させることができる。それを社内に持って帰ってきて、取りこんで、新しい市場創造につなげる、そういう生き方が確かにあるのです。

というわけで、この本自体が実は「新商品企画の本質の理解されなさ」という問題発明をし、「文化開発」という今まで見えなかった定義を提示して、新しい仕事のあり方や新しい文化を創ろうとする、本書で述べている概念の事例そのものとなるような心意気と優しさに満ちた一冊なんです!「新しい市場のつくりかた」=「新しいキャリアのつくりかた」としても読めちゃうよ。ぜひともご一読を!
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