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トトロにみる子どものセンスオブワンダーを引き出す親のかかわり方-『となりのトトロ』

子どものセンスオブワンダーを引き出すのには、親のかかわり方って超重要~!

となりのトトロ [DVD]となりのトトロ [DVD]
(2001/09/28)
不明

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最近娘っこがジブリの名作中の名作『となりのトトロ』に完全にハマってます。休みの日なんて1日2回観ることもざらにあるし、この夏だけで30回ぐらい観てるんじゃないのって勢い。

それだけならまだしも、外歩いてると急に電線を見上げて「あそこにぃ、ねこばすがはしってるんだよぉ」とか言い出すし、ジブリの店で買ってあげたメイちゃんの指人形が無くなったときは「おかあさんのびょういんにいったのかなぁ?」とか超真剣な表情で言い出すw もはや現実とトトロの世界とがおもいっきり混同されてしまっとる…。2歳にして早くも「抱きしめたい作品」「わたしの映画」に出会っちゃったんだなぁきっと。

で、さすがに娘がそんだけ観てると必然的に親もまたえっらい観せられるはめになる。でも意外に自分が小学生の頃に観てた時には気がつかなかったことが多々あったりしてそれはそれでおもしろい。

というわけで親の立場から改めて観た『となりのトトロ』について。

まず『となりのトトロ』という作品は簡単に言っちゃえば「子どもの頃のセンス・オブ・ワンダー」と「自然や自然に宿る精霊への敬い」の作品だと勝手に思ってるのね。

センスオブワンダーとは「神秘さや不思議さに目をみはる感性」のこと。レイチェル・カーソンの本が有名ですね。

センス・オブ・ワンダーセンス・オブ・ワンダー
(1996/07)
レイチェル・L. カーソン

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子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になる前に澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
 もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない<センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性>を授けてほしいとたのむでしょう。
 この感性は、やがて大人になるとやってくる怠慢と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。

「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。


で、『トトロ』を観てて思うのは、サツキとメイのお父さんやお母さんのかかわり方が、子供たちの「センスオブワンダー」を引き出しているんだなぁってこと。

例えばメイが初めてトトロに出会った後、メイがサツキとお父さんの2人をトトロのところへ連れて行こうとするんだけど、どうしても行けなくなってしまう、っていうシーン。メイが「ウソじゃないもん!トトロいたもん!」って叫ぶと、すかさずお父さんが「ウソだなんてお父さんもサツキも思ってないよ。メイはきっと運が良かったんだよ。いつでも会えるわけじゃないんだ」と返す。それでその足で森の主の大樹に「これからも宜しくお願いします」とあいさつに行くのね。

お母さんも、あまり出てはこないけど、出てくるシーン出てくるシーンで子どものとっぴな発想に対して常に受容の態度を示す。サツキの手紙を読んでて「今日は、おばけのトトロに出会いました」って書いてても一切表情を曇らせることがないどころか、むしろ笑顔で受け止める。お見舞いに来たサツキとメイに「お化け屋敷に住むの怖くない?」と聞かれても「こわくないよ」と自然に返しちゃう。

子どもは感じることや生きることが言葉と分離する以前の状態である「神話的時間」を生きてるから、時として大人が信じられないようなことを平気で言い出すときがもうしょっちゅうあるんだよね。
神話的時間神話的時間
(1995/09)
鶴見 俊輔

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そのとき「はいはいw」って適当にあしらうのか、「そうなのかー!うんうん!」って受け止めてあげるのか。その違いで子どもの感性って豊かになりもするし、スポイルされちゃったりもするんだよ。

親も神話的時間を共有して、こどもの感性や認知している世界そのものを微塵の疑いもなく受け止められたら、それだけでもう子どもにとって自己肯定感や自分がいま生きている喜びが感じられちゃって、どんどんセンスオブワンダーが湧き出ちゃうんじゃないかなぁ。

たぶん、メイとサツキのお父さんもお母さんも、きっと幼かった頃にセンスオブワンダーを持っていたんだろうね。それがお父さんとお母さんの描写から伝わってきちゃう。ま、このお父さん、さすがに子どもほったらかしすぎだろ~と思わないこともないけど…。

というわけで、自分も子どもに接するときは、メイとサツキのお父さんのように神話的時間に戻って、大いなる受容の態度で接してあげたいわぁ。「魚を飼うなら水を飼えって」よく言うけど、子どもを育てるなら親という水が透きとおってないと…みたいなことを思ってしまうわけです。はい、きれいごと~。

まぁ、子どものこと言う前に、テメェが最も現実と映画を混同してんだろって話しだけどw

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