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旅とは戻ってくること-『アジアン・ジャパニーズ』小林 紀晴

旅とは行くことじゃない。戻ってくることなんだ。

ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈1〉 (新潮文庫)ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈1〉 (新潮文庫)
(2004/03)
小林 紀晴

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大手新聞社を辞めたカメラマンがカメラひとつでアジアを旅し、そこで偶然出会った人々とのやりとりや、その後の数奇な運命の交錯を綴った一冊。この本、劇的におもしろい。筆者自ら「人と人の間を旅していた」と表現している通り、アジアを旅する「人」の内面や旅への向き合い方にフォーカスしており、単なる紀行エッセイの類の本ではない。

日本で日々誰かの敷いたレールに乗っかることにいても立ってもいられないほどに違和感を覚え、そこから逃れるように旅に出た人々。自らの欲求・生き方に人一倍強烈な意識を持つ人々の内面が、筆者の感性豊かな描写によってあぶり出されていく。そうした旅に突き動かされる人々との交流は「事実は小説よりも奇なり」を地で行く凄みすら感じるおもしろさであり、一気に引き込まれる。

ただ、それと同時にどこか「危うさ」のようなものがあぶり出された一冊でもある。

どういうことかというと、旅は戻ってこられなくなる危険性をはらんでいる、ということ。旅は戻ってこないと旅ではない。戻ってこなければただの放浪。あてもなくさまようだけで、それは旅とは呼べない。ま、そんなことは当たり前だ。

でもそういう物理的な意味合いとは別の意味で、精神的な意味でも「戻ってくる」ということが、自らを生きるということにおいて絶対に放棄してはならない姿勢なのだと強く思わされた。

旅とはどうやら中毒性のようなものが濃厚にある、一種の宗教的な体験なのかもしれない。世界の多様な文化、生活、哲学や死生観を生で体感することは、時に「じぶん」というやつを否定し、陶酔したまま全面的に外部の世界に依存してしまうような危険なものだと知る必要がある。この本の中にもその中毒性と上手く距離を保ち、じぶんの人生に刺激をもたらしている人がいるのと同時に、それに振り回されてしまう人やのみ込まれてしまった人が出てくる。

「戻ってくること」。それはじぶんの人生が「いまここ」の日常、生活のなかにしかないことを知ることではないか。なにも旅に出ること自体が全て危ういと言っているのではない。例えばこの本の筆者のように、旅で出会ったこと体験したことを何かの表現に落とし込むこと。または具体的に何かを形にしなくても、旅で受けた刺激・パワーを日常に織り込んで生きる。大袈裟かもしれないが、そうした精神的に「いまここ」に「戻ってくる」ことに自覚的でいることが、旅に出るための最低条件であり最も重要な心構えであることを強く思わされた。

同時にこれは実際の旅だけでなく、読書や映画を観ること音楽を聴くこと、そのほかの外から刺激を得る行為全般にいえることではないか?と、考えが「じぶん」と「客体」の関係性全般に拡張していく。そんな本質的な問いかけが内包されていると思う。

というわけで旅の「刺激」と共に「怖さ」も生々しくパッケージングされた1冊。旅への渇望感が増している人に是非お勧め。

『アジアン・ジャパニーズ』シリーズ続編↓
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