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誰の物語も続く‐『SR サイタマノラッパー ‐日常は終わった。それでも物語は続く‐』入江 悠

『SRサイタマノラッパー』という物語は終わった。そして終わりなき日常は続く…?いやそうじゃないんだなぁ…。

SR サイタマノラッパー ‐日常は終わった。それでも物語は続く‐SR サイタマノラッパー ‐日常は終わった。それでも物語は続く‐
(2012/04/14)
入江 悠

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もうここんとこずっと『SRサイタマノラッパー』の世界から抜け出せず、現実と映画の世界が完全に混同しちゃっててやばいんですが、更にそれを助長する1冊のご紹介。入江悠監督自らが編集長を務めたSRクルー必読必至の『SRサイタマノラッパー』シリーズの解説本!これすんごいおもしろい!

内容については↓公式ブログのほうに十分すぎるほどの企画解説が載ってるのでそちらを参照!
「SR サイタマノラッパー ‐日常は終わった。それでも物語は続く‐」全企画解説!/映画「SR サイタマノラッパー」公式ブログ

どこを切ってもムチャクチャ濃いんだけど、特に監督自らSRシリーズのシナリオを解説した『シナリオという名の「数学」』は心して読むべき。「制作秘話」どころか「創作秘話」って勢い!まぁ、自分の文章のカッチリ感の無さは数学の素養が無いからだ…とちょっとヘコまされたりとかしたけど…。

「日常は終わった。それでも物語は続く」…?

でね、この本を読む前に、頭の中にある疑問が浮かんでたのね。それは何かというと、この本の題名。「日常は終わった。それでも物語は続く」…?

宮台真治が言うとこの「終わりなき日常」ってあるじゃん。「輝ける未来も非日常も来ることはない、ただ「終わりなき日常」が続くだけだ」っていうアレね。

でも本書の題名は逆で、「日常は終わった」でしょ。で、「それでも物語は続く」と。『SRサイタマノラッパー』という物語は終わったのに、あえて「物語は続く」としてるのは何故か…?ってのが疑問で、その真意というかここに潜んでる意味を知りたかった。そんな疑問を持ちながら読み込んでたら、やっぱりその答えはあったよ。入江監督のこれまで人生を自ら振返った文章の中に。

語るべきことを考え続ける

少なくとも僕は、「置換可能な物語」ではなく、「僕に固有の、僕が語ることに意味のある物語」を語りたいと思う。
(中略)
だが、一体どうすればそんなことができるのだろう。実は、その答えはまだ出ていない。
そして、その答えを模索するために、あるいは、答えがないということを改めて確認するために作ったのが、映画「サイタマノラッパー」だった。
(中略)
自分が真に「語るべき物語」は何かを考えて疑うこと、誰かによって「語られた物語」が真に固有のものかを見極めること。そのような態度がこれからますます重要になっていくだろう。
むしろ、それこそ「語るべき物語」を持たないサイタマノボンジンの専売特許であり、そもそもの出発点なのだから。

特筆すべきものがない埼玉に育ち、語るべきことを持たない己を絞り出すように語った作品である『SRサイタマノラッパー』という物語が終わって、それでもなお、何を語るべきかずっと考えていると。それはこの先もずっと映画監督でい続けるということであり、だからこそ入江監督の「物語は終わらない」…。

つまり本書の題名は監督の決意表明だった、ととっていいんじゃないっすかね。

で、もっと言っちゃうと、この「物語は終わらない」って、別に入江監督だけに限らず、誰もが持つ普遍的なテーマなんじゃないかと思ったのよ。

誰の物語も終わらない

最近キャリアカウンセリングの分野で注目されている「ナラティブ・アプローチ」というものがあるのね。「ナラティブ」とは「物語=ストーリー」のことね。

例えば人と話していて「今の仕事はこんなことが不満で…自分はこう考えていて…こんなふうにしていきたいんだ」っていう話になったとする。そう考える背景にはその人の育ってきた環境や出会ってきた人などからの相互作用による影響が有り、それらを自分以外の人に理解してもらえるように語ることは、実は「自分の人生をストーリーとして語りなおす」ということなのね。

すると語り手自らが「話していて気付いたんだけれど、あの時のあの経験にはこんな意味があったんだなあ」と自分の経験をとらえなおし、段々と世界を見る目が変化していく。

こういう相手が語るストーリーに着目して、語りを傾聴することを「ナラティブ・アプローチ」と呼ぶわけ。

で、つまり何が言いたいかというと、特筆すべきものを持たず、何も起こらない日常をダラ~っと生きるしょうもないただのボンジンであろうとも、実は誰もがその人だけの独尊的でかけがえのない物語を生きているってことなのね。

過ぎてく日々をただの「日常」として見れば、そこには終わることの無い合わせ鏡のような「日常」がただ延々と続くように感じられるかもしれない。でも「日常」を終わらせて、「物語」としてとらえなおせば…。

『SRサイタマノラッパー』を観た後のように、これまでの世界が違って見えるかもよ~…。というわけでSRシリーズ好きの課題図書ねこれ。

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