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スティーブ・ジョブズ死去-ともにあるということ

おそらく今日は世界中で何億人もの人がこのことを語ったり書いたりしているだろうから、いまさら自分に何を語ることもないんだけど、色んな意味で自分なりの鎮魂の意として…。

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米アップルのジョブズ氏が死去、類まれな才能で業界を革新写真

当たり前だけどジョブズとは知り合いでも何でもないし実際に会ったことも見たこともない。あくまでもメディアで伝えられる情報や書籍、ユーチューブなんかの動画を通じての、バーチャルなジョブズ像を知ってるだけ。生の実像に触れたことは一度もない。だからジョブズという人間について、本当のところは何一つ知らない。

それでもふと手元にあるi-phoneをみて、あー、彼はここにいるんだろうなぁ、と沁みるように実感した。

何もアップル製品・デバイスにだけ彼の魂が宿っている、って言いたいわけじゃない。それこそスマートフォンやタブレットを用いてコミュニケーションしたりエンターテイメントコンテンツを楽しんだり、あるいは音楽データをダウンロードして組み合わせて、自分なりの心地いい空間・時間をつくったり過ごしたり…。そんなジョブズという人間が創り出し派生していったありとあらゆるライフスタイルや文化の中に彼はいる、ってこと。

「いなくなったんじゃない。風になったんだ」とか「心の中で生きている」とか「いつもそばにいる」とかって、そこらへんにある歌やドラマなんかで使い古されたありきたりなメッセージかもしれない。でも彼の死を知って、ことばとしてでなく妙に実感としてそう思えた。

そしてさらに想いを馳せてしまう。

ジョブズのように世界中に知れ渡っている偉大な人間だけが、人の心に宿るわけではない、ということ。

たとえばほとんどの人にその存在を知られないままこの世からいなくなってしまう命もある。母親のお腹に生を受けて、ほんの短い間で、そのまま顔も姿も知られずにいなくなってしまう存在だって。

そんな、親ですら実像を知ることができなかった小さく短い命であったとしても、その親が残された家族との時間や自分の一生のありとあらゆる時間を、いっそうかけがえないものと実感してかみしめるとき、ちゃんとそこにいるのだと思う。

世界中に知られる偉大な人間も、誰にも知られることのない一瞬の瞬きのような儚い存在も、ちゃんと死してなお日常の中に存在しているし、ともにある。

そんなことを考えてしまったスティーブ・ジョブズという偉大な男の死。いま生きている自分は、生きられなかった命のぶんまでもっとハングリーに、バカになってがむしゃらに生きないと。

心よりご冥福をお祈りします。

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