You are not Logged in! Log in to check your messages.

Check todays hot topics

Search for Services:

Please Log in

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

どうせだからAIR JAM'98も振り返ってみる!

前のエントリーでAIR JAM'97について書いてて、ホントめんどくさかったんでもうやめよ、と思ってたんですけど、AIR JAM'98のこともいろいろ思い出してきたんで、この際だから勢いで書いてみることにします。



AIRJAM'98は、前年開催の'97よりも出演バンド数が倍増して16バンド。THUMBやREACHなどのメロディック勢やRUDEBORNSやスキャフルなどのSKA勢、BACKDROPBOMBやBRAHMANのようなミクスチャー勢など、グッと幅が広がってバラエティ豊かなメンツが揃ってましたねぇ。

2ステージ制で、片方が演奏しているあいだに片方がセッティングを済ませ、インターバルなしでテンポよく進む構成。ちなみにこの2ステージ制は2000でも同様だったし、今年開催の2011でも踏襲されるみたい。

会場は同年開催のフジロック'98と全く同じ豊洲ベイサイドスクエア。とにかくだだっ広い芝生の広場にメインステージとその横に直角に面する感じでセカンドステージが。

当日のタイムテーブルはこんな感じ。



オープニング
ハイスタの難波くんが巨大ドラえもん人形を抱えてステージ上に現れ会場の全パンクス大興奮。'97の時とは比べ物にならないほどの圧力に、あ、これはマジでヤバいかも…なんて思ってたらどっかで人波がつぶれたらしく難波くんも「そこ起こしてあげて!」なんてステージ上から声をかける。確か「ヤバくなったらみんなで助け合ってね」みたいなことを喋ってから一発目のココバットを呼び込む。『Grasshopper』の極悪ベースが鳴り響いた時点で会場はとんでもないほど危険なカオス状態に。うちらはそそくさとカオス集団からフェイドアウトし、会場後方へ…。

以下は自分が観たバンドで、うっすら覚えてることだけ取り上げます…。

YELLOW MACHINEGUNS
イエマシ姐さんのことを知らない友人をビビらせたくって、セカンドステージ後方から姐さん達のステージを見守る。一発目の「アッゲェェェェェェン!!」にニンマリ!友人は絶句してましたね。

飲食&物販スペース
最初のお目当てのTHUMBまで時間が空いてたので、メインステージとセカンドステージのあるだだっぴろい広場から一段下がったところにある物販や飲食スペースで腹ごしらえしたり買い物したり。確か物販はバンドごとにブースが別れてて行列もうまい具合に分散してましたね。ハスキンのTシャツ買おうとしたら、メンバーのテッキンが物販やっててビビりましたねぇ。他にも会場内をスーパーステューピッドのジャッキー大高がうろついてたり、えっらい距離感近いな~とか思いました。

THUMB
自分らのAIR JAM'98はここからスタート!この日の前日に発売されたばかりのニューアルバム『LET'S GROW UP TOGETHER』を聴きこんで準備万端。ライブが始まる前にTHUMBをよく知らない友人にとにかくこれだけ聴いとけってウォークマンで『I WANNA KEEP MY HEAD UP』をエンドレスリピートで聴かせまくってたら、一発目にこれが来てぶっ飛ぶ!他にも覚えたての『KEEP IT IN MY MIND』をシンガロング!マジで気持ちよかった~!

ちなみに『I WANNA KEEP MY HEAD UP』はここにも書いている通り98年の自分的テーマソングです。

GARLIC BOYS
セカンドステージ後方から眺めてました。『Too Late True Love』に男泣き…。

REACH
現SLIME BALLのマコちゃんがギターボーカル、現ハイエイタス&toeの柏倉くんがドラムを叩いていた3ピースバンド。『YOU TRY TO DO YOUR BEST』とか『THE WIND』とか、とにかくストレートなメロデッィクパンクがとにかく気持ちよかった。スカッとしたなぁ。

HUSKING BEE
この時の新曲『PUT ON FRESH PAINT』が1番覚えてるかな!'97の時はカラッとした爽やかさが魅力のバンドだと思ったけど、'98では少し湿っぽさが増したというか、メロウでエモーショナル感が増した感じがした。

WRENCH
夕焼けががってきた会場の遥か後方の芝生のゾーンで寝そべって観てました。WRENCHはこの時が初見だったんですけど、シゲさんの野性的な動きと躍動感を感じさせる肉体は夕焼けにマジ映える!とか思ってました。

どうでもいいけど野外フェスで夕暮れ時に出てくるバンドって得してません?確実に1、2割増しぐらいになってる気がする。夕暮れ時って幻想的なのよ~。

BRAHMAN
この時はまだ『A MAN OF THE WORLD』が出る前だったし、バンド自体は知ってたけど曲は知らなかったのよ。なのでその次のメインステージのスーパーステューピッド待ちの時に、横目でみてました。メインステージには既にイッチャンことLOW IQ 1がセッティングしに出てきてたんだけど、『ANSWER FOR…』が始まるとセッティングの手を止めてセカンドステージのほうに目をやり、「ひとり~と、とわ~にぃ……WHA'T DID YOU SAY!!」のとこで、思わず出ちゃった感丸出しで拳を突き出して軽やかなステップを踏んだ姿が忘れられないっす。'98のブラフマンは、このイッチャンのアクションとセットで記憶にこびりついているのでした。

SUPER STUPID
安定感ありすぎ、って感じ。ただハイスタ前っていうこともあってハイスタに気持ちがいっちゃってた分、イッチャンそんなツナギなんか着ちゃって暑くないの~?って思った以外はほとんど覚えてない…。

さっき夕暮れ時に出てくるバンドは得だっていいましたけど、AIR JAMにおけるトリ前、つまりハイスタ前って損だよねー。ハイスタが気になってそわそわするからね。

Hi-STANDARD
ケンくんが「E.YAZAWA」パロディのハイスタタオルを掲げてステージ上に現れる。ピンクパンサーの人形をマイクスタンドにぶら下げてから、もはや暴発寸前の会場中のエネルギーを焦らすかのように『MY HEART FEEL SO FREE』の静かなイントロからスタート。んで、難波さんの「Ohhhhhhi!!!」のとこで全キッズ大爆発!この一発目、どう考えてもやらしすぎるでしょ。

でね、ハイスタの演奏中とにかく人の圧がものすごいのよ。ヘタしたら圧死するかもってぐらいパンパンにオーディエンスが詰まっちゃって。それとオーディエンスから放たれる「熱気」というか、具体的に言っちゃうと「水蒸気」が半端ない。曲の合間にステージ前からオーディエンスに向けて大量の水が撒かれるんだけど、それが瞬時にむわっとした熱風に変わって顔を撫でるのよ。こんな状態だから酸欠になりそうで苦しくてもう上をみるしかないんだけど、その見上げた空がすんごいきれいなの!そのタイミングで、2000年にマキシシングルで出すエルビス・プレスリーの『CAN'T HELP FALLING IN LOVE』のカバーが披露されちゃうわけ。普通に泣くでしょそんなの。これがもう死ぬほど良かった!次の日の部活でハイスタ知らないヤツにまで、「エルビスの有名なバラードのパンクバージョンがほんとかっけーんだよ!」って言いまくったよ!

ハイスタ終わった時はね、そうそうこれこれ!って思った!'97の時に味わったこの感じ!全身を駆け巡る感動!一緒に行った友人も疲れ果ててるんだけど表情は恍惚としてましたね。

振り返り

あのね、AIR JAM'98って完璧だったかもしれない、マジで。

会場とバンド数はスケールアップしてるのに、テンポは良いし自由度も高いし、おかげでもう超快適に過ごせましたね。正直観なくてもいいかな…っていうバンドのときに物販で買い物したり腹ごしらえしたり、ちょっと観てみたいなぁと思うバンドは会場のはるか後方の芝生に寝そべって「ふ~ん」とかいいながらエラそうに眺めたり、お目当てのバンドのステージではここぞとばかりにエネルギーを放出したりする。楽しみ方はひとそれぞれで、ほんと自由なのよ。

スケール感と自由度がアップしてるのに、'97のときに感じたバンドとオーディエンスの双方向でフラットな関係性は全く変わらない。いま思い返してみれば、ひとつのシーンがメジャーになりきるほんの少し前、確実に熱が広がって成熟していく過程の、ほんの短い幸福なひとときを象徴するイベントだったのかも。まだビジネス臭ささがなく、純粋にこのシーンが好きで支えている人たちによる祝祭でしたよ。

オフィシャルパンフの健くんのコメント見ると「開催が危ぶまれた」とかEAT MAGAZINEなんかにも予算的に相当リスクの高いイベントだったみたいなことが書いてあるけど、参加側としてはそういった危うさを感じることもなく、当日の運営面では一切文句なし。

それとさっきから何度も書いているように、マジで死ぬかもって思ったほどオープニングの難波くんのあいさつのときから各バンドのステージ、ラストのハイスタのステージまでいたるところでオーディエンスの人波がつぶれて危険な状態になることがあったんだけど、その都度必ず周りの人間が率先して倒れた人を抱き起こすという、助け合いの精神が自然と浸透してることに驚愕したのよ。

曲の合間に、必ず周りが起こすようにステージから声をかけて、無事と安全を確認してから演奏をスタートさせるなんていうバンド側からの配慮もあったし、KIDS側もけが人出して曲止まっちゃったらヤバい…、みたいな共通理解がお互いにあって、つぶれた人を率先して抱き起すわけ。抱き起こされたヤツも「よっ」て手を挙げて礼する。そんな空気が自然に醸成されていったのはすげぇパンクでしたね。

自助の精神のみならず他助の精神の連鎖。自分の面倒は自分でみるだけでなく、ヤバい目にあってるやつがいたら率先して助ける、もはやDIYを超えた行動をKIDS一人ひとりが実践してましたよマジで。

うん、だからまぁAIR JAM'98ってのはいってしまえばバンド、運営、参加者の3者がフラットに支え合って、盛り立て合って、気づかい合って、文字通り全員で創り上げた奇跡的なイベントだった、っていっちゃっていいんじゃないっすかね。この日豊洲で起きた現象は、「AIR JAM'98」という名の一つの生き物だったんじゃないかすら思う。

というわけでここまできたら2000のほうも振り返ってみないわけにはいかなくなったので、次、書いてみよ。

他記事↓
今こそAIR JAM'97を振り返ってみる!

ここまで来たらAIR JAM2000も振り返ってみる!

関連記事↓
【AIR JAM2011レポVol.1】Hi-STANDARD‐今この瞬間に生きている証

【AIR JAM2011レポVol.2】BRAHMAN‐信念を超えて…

【AIR JAM2011レポVol.3】マキシマム ザ ホルモン-愛さずにはいられない

【Hi-STANDARD at AIR JAM 2012 LIVE VIEWINGレポVol.1】-AIR JAM in 全国!!!

【Hi-STANDARD at AIR JAM 2012 LIVE VIEWINGレポVol.2】-I wish you were close to me!!!
スポンサーサイト

COMMENT

管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK

トラックバックURL:

    (copyボタンはIEのみ有効です)
« | HOME |  »
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。