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なぜ書評は借りパク上等でよいのか?-『誰も教えてくれない人を動かす文章術』

書評を書くなら、なりふり構わず自分のイメージ最優先で、なんなら借りパクするぐらいの勢いで突っ走りましょう!

誰も教えてくれない人を動かす文章術 (講談社現代新書)誰も教えてくれない人を動かす文章術 (講談社現代新書)
(2010/12/17)
齋藤 孝

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この本、題名だけ見ると、何やら上からものを言われるような…とっても鼻持ちならない印象を持ちます…。でも意外と中身は、文章を書くことが苦手なボンクラ達にもわかりやすく寄り添うように、それでいて叱咤激励しながら書くことの尊さを教えてくれるなかなか見どころ満載な一冊!話すまでは気に食わなかったけど、話してみたら意外と良いヤツじゃん的、手のひら返し高評価です!

特に書評の書き方について納得するところが多いです。自分もこれまでヘタクソなりに読んだ本について、このブログにあーでもないこーでもないと書いてきました。その書いてる時のスタンスと非常に近いところもあってわが意を得たり!な共感の意をもったんです!なのでその辺について、本書の手順に沿っていっちょ書いてみます。

余計なことは気にするな!初期衝動に従え!

あるエピソードに触発されて認識に至るプロセスを書く、というのは文章を書くことの一番の基本です。そこには文章力などというものは、とりあえず必要ありません。必要なのは、認識の獲得、新しい発見です。

ほらね「文章力などというものは、とりあえず必要ありません。」ってのが良いでしょ!?

あのー、自分もこんなだらしない文体で、論理的な構成すらままらないのでホント毎回恥ずかしい限りなんですけど、それでも書きたいから書いちゃうんですよね。

人の表現や作品にインスパイアされた何がしかのイメージって、すっごい尊いもんなんですよ。それを形にしないのはもったいない。音楽やアートなど他に表現手段があるならそれでもいいんですけど、そういう表現手段を持たないなら、あなたにとっても私にとっても、もはや書くことが最終兵器。

なりふり構わず初期衝動の赴くままに書いちゃいましょうよ。

『ダンスナンバー』THE BLUE HEARTS

誰かが決めたステップなんて 関係ないんだ でたらめでいいよ
カッコ悪くたっていいよ そんなこと問題じゃない
キミのことを笑うヤツは 豆腐にぶつかって死んじまえ



筆者の意図は完全無視!発想を無理やりつなげろ!

個性というのは、ある種の「無理」や「歪み」であると私は思います。無理や歪みが一切ない整然たるものというのは、面白くもなんともありません。逆に「なんで、ここにこれ?!」と驚かれるようなものを文章に放り込んでガリガリつなげていく強引さがあると、その人の個性、歪み、というものがにじみ出てきて、「なんか焦げくさいよね」「ここ、摩擦熱が起こっちゃってるんですけど」という感じで、ウケる人たちにはものすごくウケるのです。

上でイキナリ、ブルーハーツの曲を挿入するもんで何!?って驚かれたかもしれないんですけど、自分の中では明確に繋がっているんですよ。「自由な発想で人の心を動かすぐらいの気概のある文章書いてみよう」っていう本書の主張と、『ダンスナンバー』で歌ってる「カッコ悪くたっていいから、人の目気にしないで自分のステップで踊りなよ」って言うメッセージは本質的には同じものだと捉えています。

多分ブルーハーツ知らない人が読んだら何言ってんだコイツ?で終わりだと思います。でもブルーハーツのこと好きな人が読んだら多分「あーなんとなくわかる!」って思ってもらえるかもしれない。そうするとこの本のメッセージや読感っていうのが、理屈じゃない所で伝わるはずなんです。

それが「「なんで、ここにこれ?!」と驚かれるようなものを文章に放り込んでガリガリつなげていく強引さがあると、その人の個性、歪み、というものがにじみ出てきて(中略)ウケる人たちにはものすごくウケるのです」ってとこにつながるんですよ。

ここで注意したいのは、本を読んで書く文章は、作者の意図を汲み取らなければならない、というわけのわからん呪縛。意外にもこの固定観念にとらわれてる人、少なくないみたいです。まぁ国語の授業なんかで、「ここで作者は何を言おうとしてるのか?」みたいなことをたくさんやってきたからだと思うんですけどね。そんなことして何が楽しいの?って思いません?むしろ作者の意図してない所で新たなイメージが派生することの方が何百倍も意味がある。

4半世紀も読み継がれている名書『思考の整理学』にこんな一文が出てきます。

自分の新しい解釈を創りだしていくのが、拡散的読書である。当然、筆者の意図とも衝突するであろうが、そんなことにはひるまない。収斂派からは、誤読、誤解と非難される。しかし、読み手において拡散的作用は表現の生命を不屈にする絶対条件であることも忘れてはなるまい。

思考の整理学 (ちくま文庫)思考の整理学 (ちくま文庫)
(1986/04/24)
外山 滋比古

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「収斂派」ってのが作者の意図にこだわろうとする人達のことね。その収斂派から非難されようと、筆者の意図と衝突しようと、そんなことにひるまない!ってのがいいですよね。

むしろ作者の意図なんか絶対考えない、断固自分のイメージにこだわる!ぐらいの気概でガシガシ色んなものと繋げて書いてみましょうよ!

引用は借りパク!

自分の「共感アンテナ」にひっかかるセリフをみつけたら、大事にしましょう。「このセリフを核に文章を書く」とか「このセリフで勝負する」と思える決めのセリフを一つか二つ用意しておくと非常に文章は書きやすくなります。

上で『思考の整理学』の珠玉の一文を引用したんですけどね、これはようするに自分の言いたいことに説得力を持たせる為に、著名な人の言葉や筆者の文書を借りて、他人のふんどしで相撲をとってるわけなんです。

でも実はもう一つもの凄いメリットがあって。それは「引用は自分にとって、その思考を借りパクすること」なんですよ。

人からものを借りてたのに、貸したほうも貸してることを忘れ、借りたほうも借りたことを忘れ…、いつの間にか、これって最初から俺のだよな?っていう状態になっているものないですか?

最近引っ張り出してよく聴いてるPUFFYのベストアルバム、実は友人の友人の家に一回だけ行った時に、「貸して~」って借りてきて、そのまま借りたことも忘れて自分のだと思って10年以上も持ってますよ…。これね↓
THE VERY BEST OF PUFFY/amiyumi JET FEVERTHE VERY BEST OF PUFFY/amiyumi JET FEVER
(2000/07/05)
PUFFY

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ほんと最悪ですよね~。ま、自分も借りパクされたもの結構あるんでおあいこです…。

こんな感じでね、文章の引用も、引用した時点では拝借させて頂きますぐらいの感覚だったのが、そうしてるうちに文章そのものは忘れていても自分の考え方がその文章に書いてあることそのものになってしまうんです。

そうなったらもうこっちのもんで、それはすなわち成長ってことですよ。書くことは考えることですから、人の文章を引用しながら書くことは、すなわち成長を促進することなんです。

というわけで書評は初期衝動の赴くままに、筆者の意図は完全無視!借りパク上等でガシガシ書いていきましょう!
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