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あそびの人、糸井重里-『BRUTUS糸井重里特集号』

現在のBRUTUS最新号は糸井重里さん特集でした~。早速買って読みましたが、この1冊、もぉんのすごいです。

BRUTUS (ブルータス) 2011年 4/15号 [雑誌]BRUTUS (ブルータス) 2011年 4/15号 [雑誌]
(2011/04/01)
不明

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これ、雑誌の理想形かも

とにかくこの1冊を読み終わるのに、えっらい時間かかりましたよ…。文量が多いながらひとつひとつのことばに、いちいち感じいってしまうものだから、全然進まない…。こんなに豊穣で深みのある雑誌ってのも、あるんだなぁ。

「雑誌」って世の中の先端の雑多で多様な事象を俯瞰的に受け取るものであって、その分深みを感じたことはなかったんです。でも今週のBRUTUSはそれを超越して、多様さと深みを両立させることに成功しちゃってます!内容もすごいんですけど、加えて媒体のあり方そのものがすごい。作り手さんに拍手ですねこれわ!

で、なんといってもこれは「糸井重里」っていう1人の人間の特集なのに、読み進めていくと一体何の特集だかわからなくなってしまうような、全方位に拡散していくような広がりと、でもやっぱり何かひとつに集約していく一貫性もある。そういう糸井さんのゆるくも深みのある生き方が、雑誌のぽてんしゃるを引き出したともいえるわけですよ。

客観的な糸井重里はありえない

「あなたは、どの「糸井重里」を知っていますか?」と題して、多面体のごとき糸井さんのこれまでの幅広すぎる仕事を振り返るコーナーが冒頭にあります。

自分が本格的に糸井さんに注目し出したのは、ほぼ日を知ったこの3年ぐらいのことなんです。それまではホント、ガキの使いのバス釣り選手権に出てくる「3流コピーライター」であり、くだらないダジャレを言うおっさんという認識でしかなかったんです。

でも糸井さんの過去の仕事をみていくとね、例えばトトロのサツキとメイのおとうさん役だったり、ここには書かれていないんですが、昔、CMに合わせて流れてきた忌野清志郎の「パパの歌」や「パパの手の歌」の歌詞などなど、自分が小学生の頃に心に残ったもので実は糸井さんの手によるものって結構あるんですよ。今さらそれを知って驚愕するというか、自分も変わってるようで変わってないんだなって変に納得したりとかするんですよね。

こういう人それぞれの個人的な「糸井重里像」があるってのは、実にドラッカー的だな~なんて思います。ドラッカーも人によって捉え方が全く変わってくる。糸井さんがほぼ日でも薦めていたドラッカーの著書の翻訳を長年務めた上田惇生さんの本『ドラッカー入門』のあとがきの言葉が思い出されます。

本書は30年を越える付き合いの翻訳者が入門書としてまとめようとしたものである。
ところが、やはりドラッカーはドラッカーだった。客観的なドラッカー入門などありえなかった。出来上がったものは、ドラッカーが、それぞれのドラッカーであることをこれほどまでに明らかにするものはないと思わせるような、入門と称するにはあまりに主観的なものとなった。

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めてドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて
(2006/09/23)
上田 惇生

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これと同じで客観的な「糸井重里」なんてありえない。この特集を読んだ1人1人の心に浮かぶ「糸井重里」は、きっと超主観的なもののはずだし、それこそが糸井重里という人の面白さなんですよね。

糸井重里は「あそびの人である。」

今回の特集の中のワンコーナーに「私の糸井重里 糸井重里は○○である。」っていうのがあって、永ちゃんとかよしもとばななさんとか鶴瓶さんなんかの著名人が、糸井さんのことを「頭のいい人である。」とか「昭和の男である。」とか評しているんですよ。

で、自分がそれをやるなら「糸井重里はあそびの人である。」になるなぁ、と思ったんですよね。

「あそび」とは、まんまPlayの「遊び」であり「遊び心」であり、車のハンドルとかの「アソビ」ですね。ま、実はこのコーナーで谷川俊太郎さんがこれに近いことを言ってるんで、完全にそれにインスパイアされてるんですけどね…(というかパクリ…)。

遊びの中で覚える
僕の大好きな吉本隆明さんがよく言うんですけど「人が何かを覚えていくのは、遊びの中で覚えていく」と。(中略)「面白いからやめられないんだよ」って遊んでる子に、努力の奴隷は絶対に敵わないんですよ。

遊び場が生む好循環。
ほぼ日のハラマキって、横尾忠則さんにもデザインしてもらっているんです。ハラマキを(笑)。あんな遊びが結構仕事になるんだな、みたいなことは思うんです。ハラマキっていう新しい〝遊び場〟ができたことで、デザイナーは腕を見せられるし、巻いた人は気持ちがいいし工場や僕らはそれが仕事なるしで、良い循環ができたんです。

ほんと最近よく思うのは、遊びは最高の学びで、学びは最高の遊びだってこと。こういう自分の問題意識や関心ごとにしっかり呼応してくれるかのような糸井さんの人間的な幅、つまりアソビの部分に、ため息がでるくらい共鳴しちゃうんですよ~。

もちろん「あそび」のためにはそれを支える土台の、大人の部分が必要なわけで、それを抜きには語れないんですけどね…。

それにしてもこの一冊、まだまだ引っ張り出したい言葉がたくさんあるんですけど、最後に一個だけ。任天堂の岩田社長との「MOTHER」についての対談の最後の言葉。

キミたちが生きてること自体が『MOTHER4』だよ。今日もしょうもないことを考えたり今日も切なかったり、今日も笑ったりしている、そういうことがあのフィールドでやりたかったんだもん。

この一言だけで、泣いちゃう人きっといっぱいいるんでしょうね~。


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