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多数派と少数派の構図を考える-『一週間』井上ひさし

多数派の利権のために虐げられ苦い思いをさせられる少数派。人間の歴史には昔も今も、形が変わっただけでそういうものはいつまでも存在しているのかな~…。

少数派の人々の立場というものに対する想像力…。これを忘れちゃいけないなぁ…、と強く実感します。

一週間一週間
(2010/06)
井上 ひさし

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いつの世も多数派と少数派の立場は変わらない…

シベリア残留日本兵士の不条理な境遇を描いた物語です。昨年亡くなられた井上ひさしさんの遺作ですね。井上ひさしさんの真骨頂ともいえる日本語のやさしさ、おもしろさ、ふかさが凝縮された文章が、500ページにわたってびっしりと濃厚に刻印されていて、それが次から次へと脳天に打ちつけてきます。流し読みなんてできようもない圧倒的な磁力みたいなものが伝わってくる一冊でした。

1人の日本人捕虜が、捕虜たちの苛酷な境遇に異を唱え、運命のいたずらによって翻弄ながらも、知恵と工夫と合理的思考とでソ連の高官を相手に捕虜の人権を勝ち取ろうと奔走します。その見事なまでの立ち回りっぷりを、厳冬の国に春が訪れようとする、とある1週間の出来事として切り取った物語です。

またソ連国の少数民族の排除という分流も加わり、トータルとして大いなるソ連国と無知なる日本国という国家主義に対する、弱きもの、少数民族、虐げられし者たち、という多様性をもつ立場との、2つの対比構図があぶり出されてくるのです。

で、これ読んでて思い出したのは、やっぱり3.11の震災後にみてとれた多数派の利権を守ろうとする行為。例えば買占め行動、政府、東電、原子力保安院の情報の隠蔽、メディアの乱暴な報道…などなど他にも挙げればきりがない…。

そこで起こったことをみていると、やっぱり少数派に対して自分も含めて想像力が足りず、知らず知らずのうちに排除したり虐げたりという仕打ちをしているな、と…。これほんと、自分も含めて…ね。

少数派とは例えば被災者、こども、障がい者、動物。また、その土地に住めなくなるリスクを背負わされて原発を建設させられた地方の人々。普段私たちのお腹を満たす農作物を作ってくれている農家の人々…。つまり弱い立場の人、ってこと。

いつの時代のどんな場所でも、必ず少数派がいて多数派がいる。この構図は様々なレイヤーにおいて見られる構図です。例えば現場とそれを管理する立場。あるいは最前線と戦略本部、雇用側と経営側、あるいは現役世代と隠居世代、いろいろと組織形態や切り取る視点によってその呼ばれ方は違うけど、ようは現場と管理する側っていう構図は必ずどこにでも転がっている。そしてその関係性の多くは、多数派が優位に立ち、少数派を管理して利益を得る上下関係。

誰でも少数派から多数派に転じた途端、利権を守ろうとする

日本軍の捕虜に対する将校たちの隠蔽体質。少数民族を追いやり高尚な民族の統一化という政策を推し進めたソ連のレーニンの革命。それは現在の一部の人間による買占め行動や、政府、東電の隠蔽体質にも見て取れます。かって少数派の利益のために立ち上がったレーニンが革命を起こしたとたんに多数派にくみしてしまったように、人間とは高みに上ってしまうとそこに留まろうという意識が強く働き、情報を留めてしまおうとする生き物なのかもしれません。もちろん個人の意思そのものよりも集団の中での均質化・同調圧力のせいであったりするのでしょうが。

ロシアは長いあいだ西ヨーロッパの国々から、未開の地、野蛮の地と蔑まれてきた。そこでどうしたか。必死になってヨーロッパを真似た。むやみやたらにヨーロッパの文化を取り入れた。やがてロシア人は自分たちはもう十分にヨーロッパ化した、ロシア人はヨーロッパ人の仲間だと信じ込み、今度は近くの国々を、たとえばこのカルムイクなどを、未開の地、野蛮の地と云って蔑みはじめた。差別された悔しさを晴らすために、別のだれかを差別する。この悲しい構図がわかるかね。

少数民族のしあわせを踏みにじって平然としているそのやり方……。彼らの否定した帝政ロシアのやり方となにも変わっていない。これでは、権力が《皇帝》から《革命家》に移っただけではないか。革命などなかったにひとしい……。

おっと、どこかの国の政権交代後のこと言ってるみたいじゃん…。やばいやばい。

突破するのは想像力…?

しかし少し考えばわかる通り、誰もが多数派から少数派に転じる可能性がある。自分が不利益を被ったり理不尽な扱いを受ける可能性がある。だからこそ多数派は既得権益を守ろうとするのかもしれません。少数派になると理不尽な扱いを受ける。だから少数派には理不尽な扱いを押しつけ、多数派にとどまろうとしてしまう。この果てなきジレンマなんですね…。

これを打ち破るのは〝想像力〟しかないのかな…。自分とは違う立場の人を理解するには自分がその当事者にならなければなりません。しかし、できるだけ理解しようとして想像力を働かせることはできます。

少なくとも、自分はいつだって少数派に転じる可能性があるということを忘れない。だからこそ少数派に対する想像力を中心に据えておく。もんのすごい抽象的だけど、こっからしか始まってかないよな~とか思うんですよね。いや、そんなんきれいごとすぎるわい!って言われることぐらいもちろんわかってるんですけどね~…。人間ってほんとまぁ色々あるよね。

ちょっとブラックなエントリーになっちゃいましたけど、本作品は弱者が工夫で強者に打ち勝っていく胸のすくような痛快な物語ですよ!アイロニカルなラストも全てひっくるめて井上ひさしさんの集大成ここに極まれり!と言ってしまっていいんじゃないでしょうか~!

井上ひさしといえばやっぱりこれ↓
吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫)吉里吉里人 (上巻) (新潮文庫)
(1985/09)
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