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ラップも評論も、感動の自己分析です-『二木信評論集 ~しくじるなよルーディ~』

もし仮にラッパーが、自分の内面から湧き出てくるラップじゃなくて、「こんなん言っときゃ売れるっしょ」みたいな「提灯ラップ」してたら、そんなの聴きたくないよねぇ。やっぱり自分に正直で自由に表現しているラップが聴きたいわな。

二木信評論集 ~しくじるなよルーディ~ (ele‐king books)二木信評論集 ~しくじるなよルーディ~ (ele‐king books)
(2013/01/18)
二木信

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こちらの一冊は2000年初頭からヒップホップを中心とした音楽ライターとして活躍している筆者の、これまでの原稿やアーティストへのインタビュー、そして新たに書き下ろした原稿・インタビュー、レビューなどで構成された評論集。

まず何と言ってもタイトルが最高!CLASHの名盤『London Colling』に収録の、おとぼけ哀愁レゲエ炸裂な『Rudie Can't Fail』からの引用。よくぞこれを持ってきてくれましたなと!もはやタイトルだけで「ヨッシャいっちょ読んだる!」と鼻息荒く勝手にコミットした次第。



で、最初に言っちゃうと、ヒップホップ門外漢の人にとっては正直ちょっととっつきづらいかもしれない。自分も90年代ジャパニーズヒップホップなら友人の影響でかろうじてかじってるけど、2000年代になるともう全く追っかけてないから、タイトルには喰いついたけど目次なんかをパラパラ見てたら正直「自分との接点が見つけづらいかもなぁ…」なんて思って読み始めたわけ。

でも結果的にものすんごいおもしろく読めた!というかむしろ相当引き込まれて、読後はお腹いっぱいで大満足。なんでそんなことになったかというのを自己分析しちゃうと、どうも2つ理由があるのかなぁと。

1つは超個人的な理由だけど、筆者が自分と同じ81年生まれで完全に同学年であるということ。それに加えて本書に登場するラッパーたち、例えば鎮座ドープネス、環ROYなんかも81年生まれでこれまた完全に同学年。田我流も82年生まれだし、他にも比較的年代が近いラッパー達が多く登場するんだよね。日本のヒップホップといえば90年代のシーンを連想しがちだけど、本書ではそのあたりを綺麗にスル―して、2000年代の新しいヒップホップに焦点を当ててるんだよね。

なので読んでるうちに、自分とは全く違う分野の全く違う世界を生きている筆者やラッパー達に対して勝手に連帯感のようなものが芽生えてきちゃうわけ。自分と同じ年頃の彼らがそれぞれの場所でどのようなことを考えてどのように生きてきたかのか。それがあたかも自分の仮の姿であり、もう一つの自分の人生のように思えてきちゃう。そんな具合に勝手に当事者のようにリアリティを実感しながら読んだ。ほんとまぁ勝手で図々しいんだけどね。

2つめは、筆者の文章がそのままラップとして読めちゃうってこと。ヒップホップってラップする人の属性を選ばないでしょ。むしろマイノリティであるほどに輝きを増していく。日本に階級はないけれど、田舎だとか地方だとか、あるいは犯罪だとか貧困だとか、そうした一見社会の端っこに追いやられているものや社会の暗部として認識されがちな場所から、ミクロな視点でラップすることが普遍性を獲得していく構造を持っていると思うんだよね。あと逆に言えば、一般的な社会で好ましいとはされていない生き方を許容する側面も持っている。

そういう視点で言えば、ナイトクラブや小規模のオーガニックフェス、サウンド・デモのような、一般の多くの人が居合わせないアウトローな場所で、何が起きているのか?何を感じたのか?何を考えたのか?を、ミクロな視点で時にほだされたように熱く、時に冷静沈着な科学者のように分析的にことばを紡ぐ筆者の文章は、これもまた一つのラップだと言えちゃう。それこそ(誤解を恐れずに言うと)まだまだ一般的には知名度や市民権を獲得しているとは言いえない若手ラッパー達、あるいは「ヒップホップ」というジャンルを取り巻く雑多な文化そのものについて、自由に評論することそれ自体がヒップホップ的なわけで。

本書には雑誌のレビューで筆者が環ROYのアルバムを酷評したとして、環ROY本人から「提灯記事を書いてよ」と反論を受けた議論も収録されてるのね。これ、とても興味深く読んだんだけど、やっぱり筆者の言うように「音楽を聴いて何を言おうが書こうが自由」な文化がおれは好きだなと感じた。当たり障りのない提灯記事なんて読んでる時間がもったいないじゃん。この本のように正直な意見や感想が記された記事や、半ば妄想で突っ走っちゃってるような記事こそが読みたいよ。

孫引きになっちゃうけど、本書から、筆者が敬愛するアングラ・カルチャー&ジャズの評論家・平岡正明さんの言葉。

楽譜の分析やら音楽家の自己解説(コメント)の紹介を音楽批評ととりちがえてはいけない。音楽評論とは感動の自己分析です。曲に身をゆだね、心に浮かぶ印象、快美感、理論などがフツフツと断片的に、連続的にやってくるものを、もう一つ外側からのぞきこむ作業である。

これは「文章を書く」「評論する」という行為だけでなく、表現そのものの意味を問うてるとも思うんだけどね。

というわけでヒップホップ好きはもちろん、ヒップホップの門外漢でも、自分が住んでる世界とは違う少々不道徳で野放図でファンキーな世界を覗いてみたい人、あるいは「文章を書く」とか「表現の自由」みたいなことに興味感心が強い人はかなりおもしろく読めると思うよ~!

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