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【尽未来際~尽未来祭~・初日レポVol.3】HUSKING BEE~Hi-STANDARD-ノスタルジー上等!

尽未来際 ~尽未来祭~・初日、BRAHMAN、SUPER STUPIDと来たら、当然次は我らがHi-STANDARD‼︎

なんだけど、この日はそれ以外のバンドも含めて全体でひとつのシンボリックなイベントだったので、遅れて到着してから観ることができたハスキンから順にハイスタまでいってみます。

HUSKING BEE

AIR JAM2011でイッソンバンドは観たけれど、HUSKIN BEEとしては2012年の復活後初めて観るLIVE。その前に見たのがもう記憶にないほど前なので、おそらく12,3年振りぐらいかも。

『SUN MYSELF』や『8・6』あたりの楽曲にやたらとぶち上がる!オールドファン感丸出し…。『欠けボタンの浜』に至ってはもう哀愁アンサンブルの渦に身を委ねて感慨にふけるほかなし…。ラストに最早ハイスタの『STAY GOLD』と並ぶアンセムと言っていいほどの輝きを放つ『WALK』。会場の後方にいた人も思わず前の方になだれ込み、「so far so good」の大合唱。みんなすげぇ笑顔。

個人的にAIR JAM'97でフェスなのにアンコール演ってくれたハスキンが忘れられず、この時もむちゃくちゃアンコール要求したかった…。ま、タイトなタイムテーブルだし、そもそもメインアクト以外にアンコール要求するっていう発想自体が既にもうないよなぁ。そう思うと、AIR JAM'97ってオーディエンスも主催側も、良い意味でユルくてノリ一発だったんだなぁ。

今こそAIR JAM'97を振り返ってみる!

解散、再結成、メンバーチェンジなどを経て変化を続け、音楽性も進化を遂げている。でも、以前とは形が変わろうとも、他のバンドからもオーディエンスからも「愛されてる」っていう形容がぴったりな独自の存在感は何も変わってなかった。ハスキンって 「愛される」っていう他にはない魅力があるバンドなんです。ハスキン、愛さずにはいられないわ~。

COKEHEAD HIPSTARS

この日、個人的にもかなり楽しみだったのがこのバンド。AIR JAM'97のトップバッターとしてのステージを目の当たりにした高1当時、演ってる音楽にも弾けたステージングにも、オーディエンスのノリも含めて、人生観変わるほどのカルチャーショックを受けたのがこのバンドでした。

全然年齢を感じさせないスタイリッシュでアクティブなステージングと、POPな歌声が印象的なボーカルのKOMATSUくん。当時からキワモノ感バリバリだったのが、年齢を重ねて更にキワモノ感に磨きがかかり、ファンキーな泉谷しげるみたいになったKOBAくん。

『GO WAY』とか『DON’T THAT PLAYING』、『PEOPLE TO PEOPLE』とかの楽曲がやっぱりウレシイ!オールドファン感丸出し…。

『CONCRETE JUNGLE』や『COME ON EILEEN』などのカバー曲も織り交ぜてくる。このバンド、他にも『Video Kill The Radio Star』とかもカバーしてるんだけど、何をカバーしてもとにかくPOPで、一聴してコークヘッド以外ないっていうアレンジが最高。ハイスタもカバーうまいけど、コークヘッドのカバーも違ったセンスを感じるよねぇ。

もともとBRAHMANのディスコグラフィーにおける初期のミニアルバム2枚と1stアルバム『A MAN OF THE WORLD』はこのコークヘッドヒップスターズが運営してた1138レコードから出していて、KOBAくんが言っていたようにBRAHMANとはメチャクチャ縁が深い。しかもTOSHI-LOWくんはAIR JAM'97の会場で、コークヘッドの物販をやらされていたらしい。

KOBAくん「やっぱね、感謝と愛です!………変な宗教じゃないよw」

だはは…!いや、でもわかるぞ!

ラストに『TOO DRUNK TO FUCK』カマして去って行った。

1.GO WAY
2.NO MATTER WHAT YOU SAY “I’M GOING NOW”
3.POLICE GOING DOWN
4.NEVER BE THE SAME
5.DON’T THAT PLAYING
6.新曲
7.CONCRETE JUNGLE
8.PEOPLE TO PEOPLE
9.COME ON EILEEN
10.GOSSIPS
11.YOU HAVE EVERYTHING
12.TOO DRUNK TO FUCK

SLANGはごめんなさい、ハイスタに備えて手洗い行ったり水分補給したりしてちゃんと見てません。悪しからず。

Hi-STANDARD

自分自身はAIR JAM2011以来4年振りに観るハイスタ。ちなみにAIR JAM2011はスタンド席で、AIR JAM2012は2日間とも映画館でのパブリックビューイング鑑賞だったので、今回のハイスタは久々にモッシュピットでもみくちゃにされながら見たいと、割と前の方まで行って待機。

一発目『Dear My Friend』のイントロが鳴ると同時に、腹ペコの魚が大量にいる釣り堀にごっそりエサ放ったみたいに生命力大爆発で暴れだすオーディエンス。ダイバーの雨あられ。何圧か知らんが、圧がものすごい。もうわけわからん。でもみんな恍惚とした表情。そうそうこれこれ。これなんだよねLIVEは。

ハイスタちゃんの方もフィニッシュで勢い余ってツネちゃんもドラムステックをバーンって飛ばしちゃうぐらいの演奏のテンションの高さ。

それにしてもこの日のハイスタちゃん、演奏も曲間のやりとりも、全てにグッドバイブスが感じられて非常にいい状態に見えた。その辺の兄ちゃんがTシャツ短パンでゆる~い感じでしょーもないこと喋ってたかと思いきや、演奏が始まるとビシッとタイト。フロアはまるで魔法がかかったかのように輝く。もはやズルいとか思っちゃうぐらいの、このバランス感覚なんだよなぁハイスタは。

「昔の名前で食べていきたいずらー」
とおどける健くん。活動停止中の経緯を思うと、これ、結構スリリングなやりとりなはずなんだけど、今のハイスタはそれをオープンに笑い飛ばせる信頼関係ができてて、聞いてるこっちも「猛爆」って感じで安心して笑っていられる。3人で揃って両ステージ脇のゲストに敬礼、オーディエンスにも敬礼wみたいなアドリブもバッチリ。

ちょっと違う話ししちゃうけど、2009年にUNICORNが再結成をしたときに、トータス松本が司会をしていた番組に奥田民生が出てたのね。奥田民生がトータス松本に
「一回解散して、年とってからバンドまた組むと、すごいいいよ~。ウルフルズも一回解散して、しばらくしてからまたやった方がいいよ~」
って冗談っぽく言ってたのよ。そのあとほんとにウルフルズ活動休止して、奥田民生にそう言われた影響もあるのかなぁとか思ってたら、4年ぐらいしてまた活動再開。UNICORNもウルフルズも活動再開後はイイ感じで活動してるんだよねぇ。

「BRAHMANが20年バンドを継続させてきたのはほんとにすごいことで、オレらにそれはできなかったから…」

と難波くんは言う。でも今こうして無敵のハイスタちゃんでいるのなら、空白があったとしてもそれもまたこのバンドにとっての一つの継続の形で、必然の空白だったということではないでしょうか。

『STAY GOLD』をカマす。この曲が鳴った時に目に映る全ての光景のキラキラっぷりは一体何?何もかもが輝いて見えて、とてつもなくエネルギッシュでピースフル。そしてもっとグッときたのは『MAKING THE ROAD BLUES』!20年間着実に道を切り拓いてきたBRAHMANへのANSERだよねきっと。

ラストは『BRANDNEW SUNSET』。難波くんが「ピース!!」と叫んで終演。太陽のような眩しすぎる存在感。完全無欠な無敵のハイスタちゃんがそこにいた。

1.DEAR MY FRIEND
2.MY HEART FEEL SO FREE
3.SUMMER OF LOVE
4.CLOSE TO ME
5.teenagers are all assholes
6.Tell me something happy news
7.MY FIRST KISS
8.MAXIMUM OVERDRIVE
9.STAY GOLD
10.FIGHTING FISTS ANGRY SOUL
11.MAKING THE ROAD BLUES
12.BRANDNEW SUNSET

というわけで、残念ながらモンパチ~COCOBATは観ることができなかったものの、ハスキンからBRAHMANまで、どっぷりと尽未来際~尽未来祭~・初日を髄までしゃぶらせて頂きました。

前を向くベクトル

またちょっとだけめんどくさいこと言うね。TOSHI-LOWくんが「いい時代だった」って語った「あの頃の音楽、時代」とは、改めて言うまでもなくBRAHMANの活動初期である90年代後半にいわゆるAIR JAMを筆頭に一大ムーブメントを巻き起こした日本のパンク/ラウドミュージックシーンのこと。尽未来際~尽未来祭~・初日にクレジットされたのは、その当事者として「あの頃の音楽、時代」を担ったバンド達でした。

でね、何がすごいってこんなメンバーが揃うの、BRAHMANが20年やってくれてなかったらまずありえないってことなんです。90年代のパンク/ラウドミュージックシーンとは音楽の趣向だけではなく、むしろ根底にあるDIYのアティテュードで結びついていたムーブメントであって、これって、「今」の立ち位置から自分達のやり方で自分達の手で何かを創っていくというベクトルなわけです。思い出に浸って「昔は良かったな…」って過去を向くベクトルとは真逆なわけ。

実際AIR JAMも2011,2012では以前の世代のバンドだけでなく、それ以降の世代のバンド達もクレジットされていて、それが当然だしだからこそAIR JAMなんだよとも思った。だから正直妄想レベルで今あのバンドたちが集ったら…って思っちゃうことはあっても、実際それが現実にるなんてことは望んじゃいないというか、そんな甘ったるいことしたらダサすぎんだろー!ぐらいの勢い。

なので2015年現在にこのラインナップが実現するっていうのはBRAHMANをお祝いするっていう名目でしか成り立たなかっただろうし、だから今後こんなことはほぼ二度とないだろうなと。

ノスタルジーを超えて

と、ここまで書いてきて、実はテメェがもっとも思い出に浸ってんじゃねぇかって気付いちゃった…。ほんとノスタルジーに沈殿しまくってる文章ですみません…。でもね、あの日あの場に居たらどうしたって昔のことがフラッシュバックしちゃったし、そのこと抜きにはやっぱり語れなかったので…。

あの熱狂の時代を通過してきて今なお変わらずに着実に継続してるバンド、この日に16年ぶりの復活を果たしたバンド、空白期間やメンバーチェンジを経てそれぞれの形やペースで活動してるバンド、各々の今を生きる姿を見せてもらって、ほんの少し過去を振り返ってまた明日への教訓を得る。それを糧にしてまた前を向いて生きる。そのことを確認する、そんな日がたまにはあったっていいじゃない(言い訳がましいw)。

というわけで、ノスタルジーに溺れんのもこれぐらいにして、さっさと這い出ることにしま~す。

「ノスタルジー上等じゃねぇか!ノスタルジーなんか超えて行こうぜ!」

と叫んだハイスタ難波くんのように、そろそろ前を向いて今を生きるよ。行動するよ。気持ちはKIDSのままで。

そして改めて、こんな奇跡的で素敵な機会を与えてくれたBRAHMANに…、

「愛と感謝‼︎」 by.コークヘッドKOBAくん

他記事

【尽未来際 ~尽未来祭~・初日レポVol.1】BRAHMAN-魂の感謝

【尽未来際~尽未来祭~・初日レポVol.2】SUPER STUPID-みんな、継続して生きてんだよぉぉぉ!
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【尽未来際 ~尽未来祭~・初日レポVol.1】BRAHMAN-魂の感謝

先週末11/14(土)に開催されたBRAHMAN20周年・尽未来際~尽未来祭~・初日の余韻がとんでもなさすぎて、今週は仕事が全く手につかない…。



ヘタしたらAIR JAM2011以上にターニングポイントな感じすらしちゃって、これこじらすと、だんだん膨張してってどっかで破裂すんな~と思ったんで、ガス抜き的に、超久々だけどブログとか書いてみようかと。

この日はですね、家族の用事を終えてから幕張に向かったので、会場に到着したのが丁度HUSKING BEEのステージがスタートする直前。なので初日全体の半分しか居られなかった。にもかかわらず完全にキャパオーバーで一つの記事にはまとめられそうにないので、とりあえず3つに分けます。

で、まずはこの日の主役BRAHMAN。BRAHMANのLIVEを観るのはAIR JAM2011以来。

その時のことをここに書いてるんだけど↓
【AIR JAM2011レポVol.2】BRAHMAN‐信念を超えて…

この記事にあるとおり自分はかってBRAHMANのライブを、「客を突き放してる」とか、自分で読んでてオメェ何様だよって思うぐらい、結構なこと書いてまして。でも今となっては、まさにこのAIR JAM2011のBRAHMANが契機となって、人のことあーだこーだ評価するより、テメェが評価される側になれよってハッキリ自覚したし、それ以前にBRAHMANが良し悪しなんてものを超越してるバンドだってこともとっくに知ってる。

だからこの尽未来際の祝祭のステージは、余計なことなんて考えず、ただ無心で、20周年という節目のBRAHMANを見届けようと思って臨んだのでありました…。

以下、当日のセットリスト。

1.TONGFARR
2.FOR ONE’S LIFE
3.SEE OFF
4.GOIN’ DOWN
5.GREAT HELP
6.BASIS
7.SHADOW PLAY
8.PLASTIC SMILE
9.BOX
10.BEYOND THE MOUNTAIN
11.deep
12.NO LIGHT THEORY
13.Z
14.時の鐘
15.ARRIVAL TIME
16.That’s All
17.THERE’S NO SHORTE WAY IN THIS LIFE
18.ANSWER FOR…
19.NEW SENTIMENT
20.ARTMAN
21.THE SAME

場内暗転していつものSEがかかると、割と多くの人が頭の上で両手を合わせて祈るポーズをとる。へ~っ今はこんな風にして呼び込むんだ~と少しだけ浦島太郎気分…。

そうこうしてると4人が登場。TOSHI-LOWくんがドレッドヘアーになってる。

RONZIくんの抑えたドラミングから始まったのは『TONGFARR』。TOSHI-LOWくんが「You should bite your mind!!!」と咆哮すれば、ジワジワと圧力が高まっていく。

1曲目終わりに「ブラフマンはじめます」が来るかと思ったけど、それはなくKOHKIくんのナチュラルなギターから始まる2曲目の『FOR ONE’S LIFE』へ。ここでバックドロップがゆっくりと上昇。なんだかBRAHMANの誘う異空間への扉がグゥワーッと開いていくような錯覚におちいる。

3曲目で早くも『SEE OFF』。いよいよBRAHMANの発する波動が唸りを上げる。

ここら辺りで今日のBRAHMANの意図というのがなんとな~く見えてきた。もしかしたらこのまま初期の頃の曲を中心に、かってのようにMCなしで突き進むのかもしれない。少しだけ戦慄を覚えつつも、懐かしさも込み上げてちょっとニンマリしちゃう。

ずっとステージに夢中で全く気付いてなかったんだけど、ふと横を見ると、BRAHMANの刺繍が施してあるバカでかい大漁旗が掲げられ、ゆっくりと大きく∞の字を描いて振られた。。。これにも圧倒される。

と、この辺までは曲ごとの記憶がうっすらあるものの、それ以降はシームレスにたたかみかけられる神々しいまでのステージに無心で没入するのみで、それぞれの曲がどうとかいう記憶があんまりない…。むしろ頭の中で曲と曲が有機的に結びついて、ロックオペラの如く今日のLIVE全体が一つの塊になってしまったような感覚の中にいた。

『NEW SENTIMENT』のダミ声「ごっ ふぉげっ!」ががっつり決まり、オーラス曲『THE SAME』が終わるとともに「行動を!」と連呼するTOSHI-LOWくん。

そのままステージ中央に佇み、このように話し始めた。

「行動だけが現実だったあの頃 俺は喋らなかった なぜなら喋る必要がなかったから 言葉なんかいらないような すげえ仲間がまわりにいたから」

「20年一度も あの頃を振り返ったことはない あの頃に戻りたいなんて思ったこともない だけど俺が信じてたあの時代 あの音楽は すげえいいものだったんだ」

TOSHI-LOWくん、涙ながらだったのか、うっすら声を震わせながらさらに

「拗ねたこともあった 妬んだこともあった それでも今 俺の掌に残ってるのは 感謝だけです ありがとうございました」

こう言い終えて、ステージ脇へと去っていった。

ノンストップで駆け抜けたステージの圧倒的な説得力と、最後の言葉のこれまた圧倒的な説得力がバチーンとシンクロして、雷光喰らったみたいにしばらく動けませんでした…。

* * *

あのですね、この日のBRAHMANのLIVEを体感してる間ずっと感じてたこと、一言で表すと、ただひたすらに「嬉しかった」のね。もう一回言うよ。「嬉しかった」。

冒頭でも触れたとおり、TOSHI-LOWくんも言ってた喋らなかったあの頃のBRAHMANのことを、「客を突き放してる」と感じたこともあった。でもね、今日の喋らないBRAHMANのライブを久しぶりに目の当たりにした今ならわかるのよ。BRAHMANがあの頃LIVEで挑んでいたのは、言葉を超えた豊穣な何かを追求し、つかみ取りたいと幾度も挑戦する姿勢の現れだった。それが、今ならわかるんです。

喋る、つまり「言葉」を使うって、すごい便利じゃん。これがあるから人はコミュニケーションが円滑にはかれる。でも一方で、言葉とは限定的なものでもあるんです。仮に「楽しい」という言葉を使うとき、例えばその「楽しい」のなかには、「悲しい」や「つらい」という感情が少し混じっているのかもしれない。でも「楽しい」という言葉を口にした瞬間、それ以外の要素は抜け落ちてしまい、その単語の最大公約数的な意味だけが示される。

だとすると、一見便利に思える「言葉」よりも、全くそこに何もないように見える「沈黙」こそが、実はとても豊かなものだったりするんだよね。だって本当に心の底から感動したら、言葉なんて出てこないでしょ。

何も喋らずとも、表情や姿勢や行動の中に、様々な感情や深い思いが含まれている…。

当然、言葉に頼らないということは誤魔化しも利かないわけで、それだけその時のバンドの感情や状態がモロに反映されて、ダイレクトに伝わってきちゃう。あの頃はきっと「苛立ち」とか「妬み」とかだって剥き出しのままだったんだよね。

この日のBRAHMANのステージにはそんなネガティブな感情なんて微塵も感じられなかった。それに、見てるこちらがつらくなってきてしまうような息苦しさや重苦しさすらもなかった(もちろんやってる4人はすげぇしんどそうだったけど)。むしろどこか色鮮やかで温かみあって、穏やかさすら感じるものだったんたよね。そしてさっきも言ったように、ただただ嬉しかった。

なぜならそれは

「掌のなかに残ったのは 感謝だけ」

そう、BRAHMANからの感謝が、言葉ではなく4人の全身全霊込めた音とフィジカルの総体の表現として、ダイレクトにこちらに伝わってきたからなんだよ。それはもう魂の感謝だった。だから、ただただ嬉しかった。

こんなに激烈なのに温かくも優しい表現を提示できるバンドはBRAHMAN以外に絶対にいないよ。だって20年もの間ずっと、余力を残さず挑み続けてきたんだから。

行動こそが物語る。行動こそが雄弁。そして行動だけが現実。

BRAHMANに感謝。BRAHMAN、バンド20周年本当におめでとうございます。

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ラップも評論も、感動の自己分析です-『二木信評論集 ~しくじるなよルーディ~』

もし仮にラッパーが、自分の内面から湧き出てくるラップじゃなくて、「こんなん言っときゃ売れるっしょ」みたいな「提灯ラップ」してたら、そんなの聴きたくないよねぇ。やっぱり自分に正直で自由に表現しているラップが聴きたいわな。

二木信評論集 ~しくじるなよルーディ~ (ele‐king books)二木信評論集 ~しくじるなよルーディ~ (ele‐king books)
(2013/01/18)
二木信

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こちらの一冊は2000年初頭からヒップホップを中心とした音楽ライターとして活躍している筆者の、これまでの原稿やアーティストへのインタビュー、そして新たに書き下ろした原稿・インタビュー、レビューなどで構成された評論集。

まず何と言ってもタイトルが最高!CLASHの名盤『London Colling』に収録の、おとぼけ哀愁レゲエ炸裂な『Rudie Can't Fail』からの引用。よくぞこれを持ってきてくれましたなと!もはやタイトルだけで「ヨッシャいっちょ読んだる!」と鼻息荒く勝手にコミットした次第。



で、最初に言っちゃうと、ヒップホップ門外漢の人にとっては正直ちょっととっつきづらいかもしれない。自分も90年代ジャパニーズヒップホップなら友人の影響でかろうじてかじってるけど、2000年代になるともう全く追っかけてないから、タイトルには喰いついたけど目次なんかをパラパラ見てたら正直「自分との接点が見つけづらいかもなぁ…」なんて思って読み始めたわけ。

でも結果的にものすんごいおもしろく読めた!というかむしろ相当引き込まれて、読後はお腹いっぱいで大満足。なんでそんなことになったかというのを自己分析しちゃうと、どうも2つ理由があるのかなぁと。

1つは超個人的な理由だけど、筆者が自分と同じ81年生まれで完全に同学年であるということ。それに加えて本書に登場するラッパーたち、例えば鎮座ドープネス、環ROYなんかも81年生まれでこれまた完全に同学年。田我流も82年生まれだし、他にも比較的年代が近いラッパー達が多く登場するんだよね。日本のヒップホップといえば90年代のシーンを連想しがちだけど、本書ではそのあたりを綺麗にスル―して、2000年代の新しいヒップホップに焦点を当ててるんだよね。

なので読んでるうちに、自分とは全く違う分野の全く違う世界を生きている筆者やラッパー達に対して勝手に連帯感のようなものが芽生えてきちゃうわけ。自分と同じ年頃の彼らがそれぞれの場所でどのようなことを考えてどのように生きてきたかのか。それがあたかも自分の仮の姿であり、もう一つの自分の人生のように思えてきちゃう。そんな具合に勝手に当事者のようにリアリティを実感しながら読んだ。ほんとまぁ勝手で図々しいんだけどね。

2つめは、筆者の文章がそのままラップとして読めちゃうってこと。ヒップホップってラップする人の属性を選ばないでしょ。むしろマイノリティであるほどに輝きを増していく。日本に階級はないけれど、田舎だとか地方だとか、あるいは犯罪だとか貧困だとか、そうした一見社会の端っこに追いやられているものや社会の暗部として認識されがちな場所から、ミクロな視点でラップすることが普遍性を獲得していく構造を持っていると思うんだよね。あと逆に言えば、一般的な社会で好ましいとはされていない生き方を許容する側面も持っている。

そういう視点で言えば、ナイトクラブや小規模のオーガニックフェス、サウンド・デモのような、一般の多くの人が居合わせないアウトローな場所で、何が起きているのか?何を感じたのか?何を考えたのか?を、ミクロな視点で時にほだされたように熱く、時に冷静沈着な科学者のように分析的にことばを紡ぐ筆者の文章は、これもまた一つのラップだと言えちゃう。それこそ(誤解を恐れずに言うと)まだまだ一般的には知名度や市民権を獲得しているとは言いえない若手ラッパー達、あるいは「ヒップホップ」というジャンルを取り巻く雑多な文化そのものについて、自由に評論することそれ自体がヒップホップ的なわけで。

本書には雑誌のレビューで筆者が環ROYのアルバムを酷評したとして、環ROY本人から「提灯記事を書いてよ」と反論を受けた議論も収録されてるのね。これ、とても興味深く読んだんだけど、やっぱり筆者の言うように「音楽を聴いて何を言おうが書こうが自由」な文化がおれは好きだなと感じた。当たり障りのない提灯記事なんて読んでる時間がもったいないじゃん。この本のように正直な意見や感想が記された記事や、半ば妄想で突っ走っちゃってるような記事こそが読みたいよ。

孫引きになっちゃうけど、本書から、筆者が敬愛するアングラ・カルチャー&ジャズの評論家・平岡正明さんの言葉。

楽譜の分析やら音楽家の自己解説(コメント)の紹介を音楽批評ととりちがえてはいけない。音楽評論とは感動の自己分析です。曲に身をゆだね、心に浮かぶ印象、快美感、理論などがフツフツと断片的に、連続的にやってくるものを、もう一つ外側からのぞきこむ作業である。

これは「文章を書く」「評論する」という行為だけでなく、表現そのものの意味を問うてるとも思うんだけどね。

というわけでヒップホップ好きはもちろん、ヒップホップの門外漢でも、自分が住んでる世界とは違う少々不道徳で野放図でファンキーな世界を覗いてみたい人、あるいは「文章を書く」とか「表現の自由」みたいなことに興味感心が強い人はかなりおもしろく読めると思うよ~!

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MAGIC SPICEのスープカレーで未知なる辛世界へトリップのすゝめ

自分の固定観念がブッ壊されて病み付きに、というかもはや中毒になっている最近一押しグルメのご紹介です。それはコイツです。



札幌発祥のスープカレーのお店・MAGIC SPICEのスープカレーです。東京は下北に店舗があります。MAGIC SPICEはよくTV番組などで札幌の食文化の代表として紹介されることも多くて、この間は大泉洋が麻生久美子なんかと一緒に紹介してるのをみかけました。まぁ有名店なんで今さらおれごときがプッシュする必要はこれっぽちもないんですけどね。

以前何度かここのレトルトを買って、自宅で作って食べたことはあったんですが、1か月ほど前に初めて店舗に行ってみました。
マジックスパイス スープカレーの素マジックスパイス スープカレーの素
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ここの大きな特徴はスープカレーの辛さを選べるシステムにあります。といってもただ単に辛さを(たとえば「ノーマル・中辛・激辛」とか「ノーマル・10倍・20倍」とかのように)選ぶだけのものではありません。ここが面白いのは、単なる「味のチョイス」という狭い範囲に留まらずに、辛さを通じた「体験のチョイス」に置き換えるシステムが採用されているんです。

辛さは7段階用意されており、辛さの軽い方からそれぞれ「覚醒・瞑想・悶絶・涅槃・極楽・天空・虚空」という呼び方をされています。これらは宗教などにおける普遍的な領域へのトリップをさす言葉であり、つまりはMAGIC SPICEのスープカレーを通じて、俗世の現実から解き放たれ、苦しみを忘れる体験を味わえるということを示しているわけです。ちなみに辛さのチョイスによって入っている具の種類や量も変わってくるみたい(辛さが増すほど具も増えるらしい)。

注文してから料理が来るのを待っている間、テーブルにある辛さごとの説明書きを読むと、やれ「目くるめく『辛世界』へナチュラル虹旅行」だとか、やれ「望む望まざるに関わらずどなた様も虚空宇宙へ飛んで頂きます」だとか書いてあるw

いやむしろちょっと危険なにおいがしてくるというか、段々これって大インド帝国の目くるめく宗教的世界の一端に足を突っ込もうとしちゃってるのか?もしや脱法的なナニか?なんて気分にもなってきちゃうw

この辺の冗談か本気かよく分からない説明書きや店内の雰囲気とかに、良い感じに酔わされてしまって今か今かとスープカレーへの期待感を煽られるわけです。

ようやく運ばれてきたスープカレーを早速ほおばると、もちろんこれだけスパイシーかつ辛いよ~ってのを謳ってれば、当然スパイシーだし辛いに決まってるし、汗も毛穴から一気にブワーッと吹き出てくるわけなんだけど、これがもう不思議と心地良い。
「あぁ~!」
とか言いながら恍惚の表情を浮かべて嬉々としながら食べちゃうわけ。

でね、そのときはもうもちろん大満足なんだけど、問題はそっから。次の日のランチの時間になると、そのとき食べてる定職やら丼物やらが全っ然物足りなく感じられちゃう。。。はじめは自分でもその違和感の原因がよく認識できてないんだけど、そのうち
「そうかー、昨日のスープカレーの刺激を欲してるのかー」
と気づく。そうするとさ、段々
「あぁーもう!MAGIC SPICE食いてぇ!」
ってそれしか考えられなくなってくる。完全にMAGIC SPICEのドープなテイストに痺れちゃって、MAGIC SPICEジャンキーに豹変しちゃってる自分に気づくわけ。危ないでしょ。ヤバイでしょ。いや、この店ホント危険なのよー。

というわけで現在は、店舗でまたごっそり買ってきたレトルトを週一のペースで食ってるわけなんです。それ以上のペースで食ってると本気でこの中毒症状から抜け出れなくなりそうなのでなんとか抑制してはいるけれど、全く持って気が抜けません。もうね、いまや普段食ってるものが「MAGIC SPICEとそれ以外」という位置づけになってるもん。

でね、こんなこと書いてると、元々辛いのが好きなヤツなんだろうな~と思われるかもしれないけど、むしろ昔っから辛いのは全くダメで全然受け付けない体質だったんですよ。ほんと普通にカレーは甘口しか食べれなかったし、カレー屋で大盛り頼んだら(辛さはノーマルなのに)辛くて食べきれずに残したっていう恥ずかしい体験もしたことあります。

それが、ここ1年ぐらいで急に、
「あれ?いまおれ、めっちゃ辛いの食べたいぞ」
と思うようになってきたし、実際食べてみると、辛さの刺激がなんともたまらない。完全に体質変わっちゃってきちゃってるんですよ。

自分の中では、今に至るまでの長い時間を経て「辛いのはムリ」っていう堅牢な固定観念が築き上げられているんだけど、そういうものも時間の経過によってある日ウソみたいにボロボロと崩れ落ちて、あっという間に崩壊していってしまうことがある。その感覚、それ自体がもうなんというかすごくおもしろい。

以前木村祐一×甲本ヒロトのトークショーイベントを観にいったときに、ヒロトがこんなことを言ってたのね。

「ビールは小さい頃無理矢理飲まされて、こんな飲み物マズイ……って思ってたのに、いつのまにか甘いとか辛いとか苦いとか、そういう“味”じゃなくて、なんかだかわかんないけど“ウマイっ”と思うようになった。そういう“苦痛”がある日突然“喜び”に変わることがある。これってほかのことにもあると思う。朝起きてから夜寝るまで、このビールの話しのようにほかのことが楽しくなったらいいなと思って日々生きている」

自分はビールは相変わらずダメなまんまなんなけど、辛いのでキタかーーー!と。こういうことがあるから年を重ねるのって最高なんだよね~。

というわけで、むしろ「辛いのは絶対ムリ!」っていう人にこそぜひともMAGIC SPICEを味わってもらいたいんだよねぇ。まぁだまされたと思って食べてみたら、むしろジャンキー化してズルズル依存する羽目になった…なんてことになっても責任は一切取れませんが…。

固定観念、既成概念など古いモノサシを捨て、未知なる辛世界へ飛行いただければ幸いです。
―MAGIC SPICE HPより

「父と息子の物語」としてのトイ・ストーリー-『トイ・ストーリー1・2・3』

超今さらだけど『トイ・ストーリー』シリーズは、特に父親は絶対観ておいた方がいいって!泣いといたほうがいいって!いつか訪れる子離れの時の覚悟を持つためにもさ~!

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去年の夏から秋にかけて『となりのトトロ』に夢中だった娘っこが、最近はもっぱら『トイ・ストーリー』シリーズにはまっております。

トトロにみる子どものセンスオブワンダーを引き出す親のかかわり方-『となりのトトロ』

休みの日はだいたい1~3のどれかを1本観てるし、へたすりゃ2本観る勢い。昨年12月に念願のディズニシーの「トイ・ストーリーマニア」にも行くことができて、その余韻がまだまだ衰えることを知らず、むしろ拍車がかかってるかのように『トイ・ストーリー』の世界にのめり込んでます。

で、トトロの時と同様、子どもがそんだけ観てると親もまたえっらい観るはめになる。そうするとやっぱり親目線でいろいろ気づくこともあるので、その辺をまた書いておこうかと。

シリーズの1~3でいえば、自分はやっぱり3が最も好きで、特に終盤はほぼ号泣。それはなぜかといえば、カウボーイ人形の主人公ウッディの「父性」が濃く描かれてるからなんです。

『トイ・ストーリー』は、3作通じて「おもちゃ同士の友情」っていうテーマがまずどーんとある。そしてそこにぶら下がるようにして、例えば抵抗できずに使い捨てられるおもちゃの辿る顛末(労働者や労働観のメタファーにもなっている)だったり、子ども達の憧れが西部劇のガンマンから宇宙開発・宇宙飛行士に移行していくという近代アメリカの歴史と象徴の移り変わりだったり、誰もがいつか絶対的な死を迎える運命にあるのだという諦観だったり…。こうした様々なメッセージが並行して潜んでるわけね。

そんな中でとりわけ3に濃厚に感じられるのがさっきも言ったように主人公ウッディの「父性」。『トイ・ストーリー』って実は1から3まで、ウッディの持ち主であるアンディの父親が一回も出てこない。作品中で家族として出てくる登場人物は母親と妹だけ。元々いないのか、いるんだけど作品内であえて出してないのかはわからない。けどいずれにしても父親は一切出てはこないし、むしろ意図的に排除しているように見えるわけ。どうしてかというと、それはもう完全にウッディが父親の役割を果たしているってことなんだよね。つまり『トイ・ストーリー』とは実はウッディとアンディの「父と息子の物語」であるとも言える。

母親の役割(母性)が無条件の愛情で包み込むことなら、父親の役割(父性)とは社会性を教えること。この社会性の象徴としてウッディは描かれている。

ラストのシーンでアンディがウッディをはじめとするおもちゃたちを新しい持ち主の女の子に一つ一つ紹介するところがあるんだけど、そこでアンディは最後にウッディのことをこう紹介する。

「強いカウボーイで、勇気があるんだ。優しいし賢いし、でもウッディの一番すごいところは友達を見捨てないこと。絶対に、何があっても傍にいてくれるんだ」

ここは、アンディがウッディのことを深く理解していることを描きながら、実はアンディがそのセリフで言っていることを、ウッディから学んできたということを表してるシーンでもある。

それともう一つグッとくるのが、お互いに依存していた親子関係から、ついに両者がそれぞれ自ら別離を選択するところを描いてるとこ。

親子(あるいは師弟)ってのはいつか「育てる・育てられる」という関係から離れなければいけない。それが親子関係の大前提であるとも言える。その前提がなければただの依存関係であり、親子とは言えない。

3の冒頭では、大学入学のためにひとり暮らしを始めるアンディがウッディだけは大学の寮にに連れて行こうとする。ウッディのほうも保育園や別の女の子の元ではなく、あくまでもアンディの傍にいようとする。つまりまだ相互に依存しあってる状態で、親離れ・子離れが出来ていない状態なんだよね。

それがラストに向かって、お互いに自らが主体的に相手の傍からの別離を選択する。どちらも傍にいる形を選択しようと思えばできたはずなのに。

2人が本当の親子のように通じ合っていて、それでもそれぞれが同時に別離を決意するその内面の移り変わりという成長のプロセスを、直接的なコミュニケーションじゃなく(人間とおもちゃだから)間接的なコミュニケーションを通して表現されるわけ。アンディの語りのときはウッディ達はおもちゃとして無機質な状態のまま感情を表現しない分、ウッディ達がアンディの語りを万感の思いで聞いているであろうことが否応なしに想像されてしまって、これ以上ないほど感動が迫ってくる。。。

あとね、ディテールのとこにもちょっと触れとくと、オープニングで過去の幼少の頃のアンディがウッデイたちで遊んでいる映像が8ミリカメラ風の映像によって流される。その時にかかるBGMがシリーズ通してのメインテーマ曲の『君はともだち』なのね。この『君はともだち』はウッディの声で歌われていて歌詞は明らかにアンディに向けている歌なんです。ちょっと引用すると

俺がついてるぜ 俺がついてるぜ
辛いことばかりでも 君はくじけちゃだめだよ
思い出せよ ともだちを
きみのすぐそばに いつも俺がいる

俺よりもすごいやつは たくさんいるよね
だけど俺よりも君のこと
気にかけるやつは いないよ

っていうような歌ね。で、画面の8ミリカメラ映像がブツっと途切れるのが、ちょうど曲の最後の方の
「時が流れても~ 変わらないもの~♪」
という歌詞が流れるとこなんだけど、実はそのあとに来るはずだった歌詞とは………?

「それは~ 俺たちの絆」………。

つまり、『トイストーリー3』は「俺たちの絆」の映画なんだよってことをオープニングでちゃ~んと示唆してるんだよね。という都合のいい解釈…。

いやほんと父親はこれ観といたほうがいいって。ウッディに重ね合わせて、いつか自分にも訪れる子離れの時の覚悟を持つためにもねぇ…。

まぁ、こんな記事書いてる時点でオマエ相当子離れに難儀するだろ…って自分でも思うけどさ…。

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